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はたらく投資家

サラリーマン生活に疲れきっている投資家が奮闘する日記(ポロリはないよ)

知識のない人に説明しても分かってもらえないのはしょうがない(のれんの償却について)

ばるぶと学ぶ会計

分からないものは分からない。最近ふつふつとそう感じている。

分からないことを誰かに説明しても、逆に私が分からないことを誰かから説明されても分からない。

説明されたらすべてを理解できるような人なんてこの世にはいないだろう。少なくとも私はあったことがない。

 

そもそも分かるということはとても深いことだと思う。人それぞれレベル感が違う。

ある人が「分かる」と思っても、ほかの人から見たらそれは「分かる」レベルに達していなかったり、ある種の誤解が生じている可能性がある。人それぞれ「分かる」に違いがある。つまり、「分かる」かどうかは本人がある事象に対しての説明や報告を聞いて、腑に落ちたかどうかによる。

 

本題に入ると、企業会計上の「のれんの償却」についても同じことが言えるのではないかと思ってこの記事を書いている。

 

のれんの償却方法によって企業の利益は変わっていく。ニュースにたびたび出てくるのを皆さんは見たことがあるだろう。そもそも全く興味がなくて見ていないという人もいるだろう。私もそのうちの一人だ。大体内容は想像がつくから見ていない。

 

さて、そもそものれんとは何なのだろうか。ちょっと考えてみよう。

 

のれんとは

のれんとは、企業買収・合併の際支払われる買収・合併される側の純資産を超過して買収・合併する側が負担した部分であり、「継続企業としての評価」、「シナジー効果の評価」、「買収・合併する企業の過大な支払」、「買収・合併される企業の資産認識と測定の誤謬」が主な構成要素であるといわれている。

 

のれんの償却方法の考え方2通り

毎年規則的に償却していく

①のれんは売却することができず、利用することにより収益を生み出し支出分を回収する資産であるから有形固定資産と同じように償却すべきである

②のれんは時間の経過とともに減価すると考えられており、仮に減価が認められない場合においてもそれはのれん取得後の追加的な投資によって価値が維持されているに過ぎない

③のれんの減価しない部分について合理的に分離することは困難。実務上煩雑。

④のれんと同じ効果のものを買収・合併ではなく自己努力によって取得しようとする場合のれんの償却と同程度の支出が必要なはずであり、その支出は費用計上されるため

 

 

償却をせずのれんの価値が損なわれたときに減損処理を行う

①のれんは将来の収益力によってその価値が変化するものであるから収益性の低下した際に減損すべき

②のれんには減価しない部分も存在する。追加的な投資によって価値が維持されているとしても暖簾全体の価値が減価しないのであれば償却すべきではない

③のれんには減価しない部分もあり、減価する部分においても耐用年数や償却のパターンを合理的に予想することは困難。一律に償却すると恣意的な費用の計上を助長してしまう

④のれんを償却する場合償却費+価値を維持するための支出が計上され、費用が二重計上になってしまう

 

株価への影響について

投資家にとってのれんの償却方法がなんだかんだといわれても企業の本質的な価値が変わるわけではないが、資産・純資産額であったり、利益が変わってくる点においてはかなり重要となってくる。

どちらの会計方針を採用したほうが株価が高くなるかというと一長一短だが、のれんが減価しない限り、規則的に償却しないほうが株価が高くなる傾向にある。

償却しない分、利益や純資産が償却する法よりも大きくなり、株価が同じであればPERやPBRといった数値も低くなり、"割安"感があるようにみえるからである。

 

最後に

人に伝えるって難しい。のれんの償却処理についてもそうだ。この文章を見て何を言っているかわかる人もいればわからない人もいるだろう。人に伝える努力を怠ってはいけないとは思うが、そればかりに気を配る必要があるのだろうか。今後、一生そう思いながら生きていくのではないかと思う。そう思うとつらい。

最近グーグル翻訳がパワーアップしたというニュースを見たが、英語→日本語、日本語→英語などのように他言語を翻訳するだけでなく、専門家→素人への翻訳機能が付いた人工知能も開発されるといい。そのうち開発されるんじゃないかと思う。一人一人の専門性を高めていくとコミュニケーションが難しくなる。そんな問題を解決する人工知能はかなりの需要があるだろう。

 

では。